
松竹ヌーベルバーグの旗手から名匠へ
『心中天網島』『瀬戸内少年野球団』『少年時代』などの名作で知られる映画監督の篠田正浩さんが、25日に東京都内の病院で死去した。死因は肺炎、94歳だった。
篠田さんは1931年生まれの岐阜県岐阜市出身。早稲田大学時代には、箱根駅伝に選手として出場した経歴を持つ。
53年に松竹へ入社し、小津安二郎や渋谷実らのもとで助監督を務めた後、60年に『恋の片道切符』で監督デビュー。岩下志麻を起用した2作目、『乾いた湖』で高評価を受け、同世代の大島渚、吉田喜重とともに「松竹ヌーベルバーグ」の旗手として注目を集める。
66年には松竹を退社し、翌年に独立プロダクション「表現社」を設立。同年3月に結婚した岩下志麻とともに、映画作りをスタートさせた。
69年の『心中天網島』では、キネマ旬報ベストテンの日本映画第1位、毎日映画コンクール大賞など国内各賞を受賞。その後も『沈黙 SILENSE』(71年)『はなれ瞽女おりん』(77年)『瀬戸内少年野球団』(84年)『鑓の権三』(86年)『少年時代』(90年)といった話題作・注目作を世に送り出し、名匠と呼ばれる。
03年に念願だった『スパイ・ゾルゲ』を発表すると、「もう撮りたいものもなくなった」と引退を表明。その後は母校である早大の特命教授を勤めるなど、後進の指導にあたっていた。
21年4月にはパーキソン病を患っていることを公表。晩年は妻・岩下志麻による献身的な看護を受けていたという。