67年の『日本のいちばん長い日』は、終戦を決める8月14日の特別御前会議から翌15日の玉音放送までの24時間の裏側を、セミ・ドキュメンタリー形式で描いた大作映画。
東宝創立三十五周年記念作品として企画され、脚本を担当したのは橋本忍。監督には小林正樹が予定されていたが、プロデューサーと折り合いが悪かったので岡本喜八が監督を務めることになった。
ナレーションに仲代達矢、出演は三船敏郎、笠智衆、志村喬、山村聰、加山雄三、小林桂樹、黒沢年雄、高橋悦史など、東宝のオールスターキャストによる作品だ。
物語の軸は大きく分けて二つ。戦争終結を使命とした鈴木貫太郎内閣と軍幹部の駆け引きを、御前会議を中心に描く部分。そして玉音放送の阻止を企てる青年将校の行動を描く「宮城事件」の部分である
前半はひたすら会議の連続。岡本監督は持ち前のテンポと細かいカット割りで、大勢の人物が登場する群像劇を手際よく描いていく。昭和天皇の意思のもと、終戦を推し進める政府側と徹底抗戦を求める陸軍将校たちの間で、苦悩する阿南陸将の葛藤を中心に話は進む。
映画で描かれる人間ドラマにはリアルな緊迫感が生まれ、まさにスリリングで濃密。24時間の間に繰り広げられた熱い出来事が、そのまま観ている者にも伝わってくる。
後半は、玉音放送を阻止すべく叛乱を企てる青年将校たちを中心に、激情に走る軍人の愚かさと憤激、そしてその敗北を描く。その中でも、畑中少佐を演じた黒沢年雄は迫力満点。終始目をむき、戦いに取り憑かれた青年軍人を演じていた。
だがやはり、この映画の中で圧倒的存在感を示したのが、阿南惟幾を演じた三船敏郎の演技。彼の内に秘めた苦渋の形相が、映画全編にただならぬ緊張感を与えている。そして終盤、阿南は陸将官邸の廊下で割腹自殺、その残酷さと耐えがたい痛みが観る者の息を詰まらせる。
このシーン、三船は軍服に白シャツという姿で正座し、短刀をサラシを巻いた腹に突き立てる。真っ白いサラシはあっという間にドス黒い鮮血に染まり、割腹を続ける阿南は苦痛に顔をゆがめ額に脂汗を浮かべる。そして割腹を終えると、うめき声を漏らしながら体を揺らし、絶命するのだ。まさに三船ならではの、重厚で凄さましいシーンだ。
東宝はこの映画を作ること自体に意味があると考え、ヒットは期待していなかった。しかしいざ映画が公開されると、大ヒットを記録する。脚本を書いた橋本忍は、「皆はずれると思ったのに、大当たりした」唯一の作品であると述べている。
『日本のいちばん長い日』がヒットしたことにより、東宝は『8.15シリーズ』として以降も太平洋戦争をモチーフにした作品を製作する(第3弾は日露戦争の『日本海大海戦』)。15年には原田眞人監督が新しく判明した事実などを加え、役所広司主演でこの作品をリメイクしている。
アニメ界の巨匠、庵野秀明は岡本喜八監督に大きな影響を受け、総監督を務めた16年の『シン・ゴジラ』は『日本のいちばん長い日』を参考にして作られている。
それはまさにテンポの良いカット割りで編集された会議のシーンや、登場人物の名前や肩書きをテロップを多用して示す手法、そして情緒的な部分を大胆にカットした演出に現れている。