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アイヴァン・ライトマン監督 死去

〈2022年2月15日の記事〉

 

映画『ゴーストバスターズ』の監督やプロデューサーとして知られるアイヴァン・ライトマンさんが、12日にカルフォルニアの自宅で死去したことが伝えられた。

死因は明らかにされていないが、寝室で眠ったまま息を引き取ったという。享年75歳だった。

イトマンさんは1946年10月27日、現スロバキアのコマーノで生まれた。両親ともにユダヤ人であり、第二次大戦中母親はアウシュヴィッツ収容所生活を生き延び、父親はレジスタンス組織で活動していた。

終戦後に父親が工場経営を始めるが、ライトマンが4歳のときスターリンによる粛正時代が訪れ、ユダヤ人迫害を逃れるため一家はカナダへ移住する。

 
コメディ演出の第一人者

カナダ国籍を取得したライトマンオンタリオ州のマクスター大学に進み、音楽やドラマを学びながら在学中にショウビジネスへ関わり始める。

トロントでマジックとロックのショー、“Spellbound” をプロデュースして成功。75年にはブロードウェイで “The Magic Show” と称した興行を打って5年間のロングランとなった。

その間テレビの仕事も始め、カナダ出身のコメディアン、ダン・エイクロイドと知り合う。71年に『Foxy Lady』で映画監督デビュー。デヴィッド・クローネンバーグ監督『ラビッド』(77年)の製作も担当した。

エイクロイドらコメディアンとの交流は、オフ・ブロードウェイの “ナショナル・ランプーン・ショー” 製作へと発展。これが縁でジョン・ベルーシ主演『アニマル・ハウス』(78年、ジョン・ランディス監督)を製作し、映画がヒットしたことからライトマンは注目されるようになる。

84年にはビル・マーレイ主演、エイクロイド脚本・助演の『ゴーストバスターズ』を監督。映画は世界的大ヒットとなり、ライトマンはコメディ演出で第一人者の地位を築く。

 

親子二代の映画監督業

87年にはロバート・レッドフォードを主演に据えたサスペンス・ロマン『夜霧のマンハッタン』を監督、レパートリーの幅を見せた。このあとアーノルド・シュワルツェネッガーと組んだコメディ映画『ツインズ』(88年)『キンダカートン・コップ』(90年)『ジュニア』(94年)でも成功を収めている。

息子のジェイソン・ライトマンも、『JUNO/ジュノ』(07年)『マイレージ、マイライフ』(09年)などの作品で知られる映画監督。作風はコメディを得意とした父親と異なるも、21年には『ゴーストバスターズ』32年ぶりの続編となる『ゴーストバスターズ/アフターライフ』を監督した。そして製作は父アイヴァンが担当、奇しくも日本公開中の訃報となった。