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史上最低の監督 エド・ウッド

 
アメリカ史上最低の監督

アメリカに史上最低と呼ばれる監督がいる。その監督の名はエドワード・デイビス・ウッド・ジュニア。普段はエド・ウッドと呼ばれている男で、主に1950年代に低予算の自主映画を撮っていた監督だ。

 

第二次世界大戦を太平洋区域の海兵隊員として勇敢に戦ったウッドは、そこで前歯のほとんどを失う。大きな野心を抱いてハリウッドにやって来たのは、1947年のこと。最初は俳優を目指したが、やがて自分こそ次のオーソン・ウェルズだと夢想し、監督になった。

 

だが天才ウェルズとは異なり、セットがチープでも、撮影機材が丸見えでも、たとえ俳優が大根揃いでも、まるで気にしない監督。それがハリウッドの異端児、エド・ウッドだった。たがエドは不真面目に映画を撮っていたのでは無く、彼なりに真面目な気持ちで取り組んでいたのだ。

 

だが真面目に取り組んでいるはずなのに、何故か出来上がった作品はツッコミどころ満載となっている。全ての根源は、何があってもへこたれない、奇妙で倒錯したエドの楽観主義。そこが面白がられて、史上最低の監督と呼ばれているようだ。

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