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サッカーの歴史や人物について

ワールドカップの歴史 第13回メキシコ大会-前編(1986年)

「アステカふたたび」

 

 

コロンビアの開催返上

第13回ワールドカップの開催地に決まっていたコロンビアだが、82年のFIFA総会で開催権の返上を申し出た。出場国枠が16から24に増えて負担が増大したことと、国内経済の悪化が返上の理由とされたが、その裏にはコロンビアサッカー界と麻薬マフィアとの繋がりという事情もあった。

 

政府の手が及ばないほどの力を得たコロンビアの麻薬カルテルは、サッカービジネスにも手を広げ、マネーロンダリング八百長賭博が横行。その結果、マフィアの要求に従わなかった主審が射殺されたり、カルテルとサッカー界の関係に言及した政治家が暗殺されるという事件も起こる。Wカップを開催したとしても、コロンビア政府は大会の治安を保証できないと考えたのだ。

 

代替地にはアメリカ、カナダ、ブラジル、メキシコといったアメリカ大陸の各国が名乗りを上げた。だが、FIFA会長アヴェランジェ会長が選んだのは母国ブラジルでも、元国務長官キッシンジャーが熱心に招致活動を行なったアメリカでもなく、70年にWカップを開催したばかりのメキシコだった。

 

メキシコのテレビ局『テレビサ』の重役は、FIFAの副会長でありアヴェランジェの腹心。しかもアヴェランジェがオーナーを務める保険会社とも取引関係にあり、放送ビジネスの利権絡みで開催地が選ばれたのである。当時アヴェランジェはFIFAで絶対的権力を握っており、この決定に異論を唱える者はいなかった。

 

85年にメキシコで大地震が発生し、犠牲者は2万5千人にも及んだ。しかし開催予定のスタジアムに大きな影響はなく、被害の爪痕を残すもののWカップはこのままメキシコで開催される事が確認される。

 

世界各地で予選が行なわれ、カナダ、デンマークイラクが初出場を決めた。またアジア最終予選で日本に連勝した韓国が、32年ぶり2回目の本大会出場を果たすことになった。

 
アルゼンチンの好発進

1986年5月31日、第13回ワールドカップ・メキシコ大会は、メキシコシティのアステカ・スタジアムに10万の観客を集めて行なわれた。前回までの2次リーグ方式は廃止され、予選リーグ6組の上位2位までのチームに、各組3位となった中で勝ち点の多い4チームを加えた16チームが、決勝トーナメントへ進む方式となった。

予選リーグA組のアルゼンチンは、指揮官が攻撃的なメノッティから守備的なカルロス・ビラルド監督に交代していた。ビラルド監督は、セリエAの平凡なチーム、ナポリを躍進させたマラドーナを代表キャプテンに指名する。

第1節の対戦相手は、ブンデスリーガで活躍するFW車範根チャブングンを擁した韓国。韓国はマラドーナを潰すために、激しい体当たりを見せてきた。しかしマラドーナは韓国選手に痛めつけられながら、ホルヘ・バルダーノの2得点を演出、アルゼンチンが3-1と余裕の勝利を収めた。

続く第2節の相手は、前回王者のイタリア。アルゼンチンは開始6分にPKで1点失うが、34分にマラドーナボレーシュートで同点弾を決め、1-1の引き分け。4年前、執拗なマークでマラドーナを苦しめたジェンティーレのような選手は、今のアズーリにはいなかった。

最終節、アルゼンチンはバルダーノの得点などでブルガリアを2-0と撃破、1位通過を決めた。2位は1勝2分けのイタリア、3位のブルガリアも決勝Tに進出することになった。

予選敗退を喫した韓国だが、ブルガリアには1-1と引き分け初の勝ち点1を獲得。イタリアとも2-3の接戦を演じ、それなりの成果を残していった。

B組は、ボラ・ミルティノビッチ監督の指導で強化を図った開催国メキシコが、レアルの点取り屋ウーゴ・サンチェスの得点などでベルギーに2-1と勝利する。その後パラグアイとは1-1の引き分け、イラクに2-1と勝利し1位通過を果たす。1勝2分けでパラグアイが2位となり、3位のベルギーもかろうじて決勝トーナメントに進む。

 

プラティニシャンパンサッカー

C組のフランスは、84年の欧州選手権で「将軍」プラティニが9ゴールの大活躍。悲願の初優勝を果たしていた。この欧州選手権ルイス・フェルナンデスが台頭。ジャンジーニに代わり新たな「魔法陣」を形成し、華麗なシャンパンサッカーを展開する。

その「魔法陣」の核たるプラティニは、ユベントスの10番としてリーグ優勝やチャンピオンズカップ制覇など数々のタイトルをクラブにもたらし、またバロンドールにも3度輝くなどキャリアの頂点を極めていた。そして選手生活の終盤を迎えた今、残す勲章はWカップの優勝だけだった。

第1節の試合は初出場カナダの抵抗に苦しみながらも、新鋭ジャン=ピエール・パパンの得点で1-0と辛勝。続く第2節は、スピードと連携に優れるソ連の戦術に苦しみ、先制を許してしまう。しかし60分、ジレスの絶妙な浮き球から、フェルナンデスが巧みなトラップで同点シュート。86分にはプラティニがFKでゴールを狙うが、これは惜しくもポストに阻まれた。試合は互角の展開となり、1-1の引き分けで終わる。

最終節もプラティニがゲームを演出。ティガナやロシュトーなどのゴールで3-0とハンガリーを撃破し、ソ連と勝ち点で並ぶ。だがソ連ハンガリーに6-0と大勝していたため、フランスは得失点差で及ばず2位通過となった。

 

ブラジルの勝ち抜け

D組のブラジルは、大会直前にテレ・サンターナが監督に復帰するも、ベテランのジーコファルカンは故障がち。トニーニョ・セレーゾは代表を外れ、『黄金の中盤』で先発メンバーに残っているのはソクラテスだけだった。

第1節の対戦相手はスペイン。55分、スペインのミッチェルの放ったシュートはゴールラインを割ったかに見えたが、主審の判断により無効とされた。63分、カレッカのシュートの跳ね返りを、オフサイドポジションにいたソクラテスがゴールに押し込む。そして今度はそのゴールが認められ、ブラジルは1-0と幸運な勝利を拾った。

続く第2節も、カレカの得点でアルジェリアに1-0と辛勝。第3節の北アイルランド戦では、ようやくジーコが交代で今大会初出場。カレッカの2得点で3-0と快勝し、ブラジルが3戦全勝で1位勝ち抜けを決めた。

2位となったのは2勝1敗のスペイン。ちなみに最終節スペイン対アルジェリアの試合では高田静夫さんが、日本人で初めてWカップの主審を務めている。

 

「ダニッシュ・ダイナマイト」の脅威

E組の西ドイツは、指導者ライセンスを持たないフランツ・ベッケンバウアーが、特別措置により代表監督を務めていた。第1節の対戦相手は、優雅な点取り屋エンツォ・フランチェスコリを擁する古豪ウルグアイ。西ドイツはこの難敵を相手に、1-1と引き分ける。

もう一つの試合は、初出場ながら前評判の高かったデンマークスコットランドの戦い。ちなみにスコットランドの監督は、後にマンチェスター・ユナイテッドの名将となるアレックス・ファーガソンだった。スコアこそ1-0の僅差だったが、内容はデンマークスコットランドを圧倒しての勝利だった。

デンマークは、84年の欧州選手権に斬新な3-5-2システムを引っさげて登場。スピード豊かな攻撃で準決勝まで進み、「ダニッシュ・ダイナマイト」と呼ばれ恐れられた。チームを統率するのは、当時37歳ながら世界最高のリベロと謳われた主将のモアテン・オルセン。そして自在なシステムを基盤に、ダイナミックな攻めを繰り出すのが、エルケーア・ランセンとミカエル・ラウドルップの強力2トップだった。

第2節のウルグアイ戦、デンマークはその真価を発揮。その流れるような攻撃は相手守備網を切り裂き、エルケーアがハットトリックを達成。ラウドルップも得点を決めた。ウルグアイフランチェスコリのPKで1点を返すのが精一杯で、デンマークが古豪相手に6-1の衝撃的勝利を収めた。

第2節もう一つの試合は、ゴードン・ストラカンのゴールでスコットランドが西ドイツをリード。しかし地力に勝る西ドイツが、ルディ・フェラーなどのゴールで2-1の逆転勝利を収める。

最終節はデンマークと西ドイツの戦い。この試合も好調デンマークが、不調の西ドイツを2-0と下して3戦全勝。1位通過を果たす。西ドイツは1勝1敗1分けの成績に終わるも、辛うじてグループ2位を確保。3位のウルグアイも決勝トーナメント進出となった。

 

息を吹き返したイングランド

F組のイングランドは、大会2度目の出場を果たしたポルトガルと初戦で対戦。イングランドが押し気味に試合を進めるも、得点を奪えないまま76分に失点。0-1と不覚の敗戦を喫する。イングランドGKのピーター・シルトンにとっては、Wカップで5試合ぶりとなる失点が致命傷となった。

初戦を落としたイングランドが次に対戦したのは、第1節でポーランドと引き分けたモロッコ。格下と思われた相手にイングランドは苦戦。モロッコの高い個人技に翻弄されたMFレイ・ウイルキンスは、主審にボールを投げつけ、前半で退場を命ぜられてしまう。

それでもどうにか試合は0-0で引き分けたが、キャプテンのブライアン・ロブソンが肩を脱臼し帰国。イングランドは窮地に追い込まれた。そして4チームが僅差で争うという大混戦になった最終節、イングランドポーランドと対戦する。

イングランドはこの大事な試合に、選手を大幅に入れ替えて臨んだ。その選手入れ替えが効を奏し、グレン・ホドルを起点とした攻撃が活性化。FWに抜擢されたピーター・ビアズリーが敏捷な動きで相手守備をかき乱すと、そこからガリー・リネカーハットトリックが生まれ、イングランドが3-0の快勝を収めた。

同時刻に行なわれたもう一つの試合は、モロッコがその技術の高さを披露。華麗なパス繋ぎでポルトガルを3-1と圧倒した。この結果F組は、モロッコが1位でイングランドは2位。ポーランドも3位で決勝Tに進んだ。モロッコはアフリカ勢では初めての、決勝トーナメント進出となった。

こうして予選リーグの戦いは終わり、決勝Tはアルゼンチンーウルグアイパラグアイーングランド、デンマークースペイン、ソ連ーベルギー、メキシコーブルガリア、西ドイツーモロッコ、イタリアーフランス、ポーランドーブラジル、の組み合わせとなった。

 

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