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ワールドカップの歴史 第13回メキシコ大会-後編(1986年)

マラドーナの大会」

 

 

決勝トーナメントの激戦

決勝T第1回戦で注目されたアルゼンチン対ウルグアイの試合は、第1回W杯決勝戦以来の顔合わせだった。南米強豪同士の試合はがっぷり四つの戦いとなったが、マラドーナが密着マークをモノともせず、卓越したボール捌きと味方を活かすパスワークで、ウルグアイゴールを脅かし続ける。

前半終了直前、バルダーノのパスからパスクリがシュート、アルゼンチンが先制した。豪雨に見舞われた後半、マラドーナのFKがバーを直撃する。こぼれ球をマラドーナがゴール前で拾い、得点を決めたかに見えたが、ファールがあったとして追加点はならなかった。それでもアルゼンチンは先制点を守り切り、準々決勝へ進んだ。

イングランドパラグアイの試合は、リネカーが2得点。名手シルトンの好守もあり、イングランドが3-0と快勝を収めた。

予選リーグでスペクタクルな攻撃を見せたデンマークは、1回戦でスペインと戦った。試合は33分にデンマークがPKで先制、前半で主導権を握ったかに思えた。しかし予選リーグの3試合を全力で戦ったデンマークは、高地熱暑の地で疲労がたまり始めていた。

そのデンマークが中盤で多用する横パスを狙っていたスペインは、前半終了直前の43分、「ハゲワシ」エミリオ・ブトラゲーニョがボールを奪って同点ゴール。後半の56分には、CKからカマーチョが流したボールを、ブトラゲーニョが頭でゴールに押し込み逆転する。

68分、ブトラゲーニョが倒されて得たPKを、ゴイゴエチアが沈めて追加点。80分には、ブトラゲーニョハットトリックでダメを押した。さらに88分、再びブトラゲーニョがファールでPKを得ると、自ら4点目となるゴールを沈めて5-1。デンマークを撃沈させた。

予選リーグの活躍で注目度の上がっていたデンマークだが、足の止まった「ダニッシュ・ダイナマイト」はブトラゲーニョの大暴れを許してしまい、1回戦であっけなく大会を去って行った。

 
ソ連の失速

予選リーグ9得点の勢いで評価を高めたソ連が、トーナーメント1回戦で対したのはベルギー。「赤い悪魔」と呼ばれるベルギーは老獪さで鳴らすチームだったが、予選リーグでは精彩を欠いていた。ソ連は前半ベラノフの得点で先制するも、猛暑の馴れない気候に選手の動きは次第に重くなっていった。

後半に入った56分、「ベルギーの若き至宝」エンツォ・シーフォにゴールを決められ同点。70分、ソ連が再びベラノフのゴールで勝ち越すが、77分に再び追いつかれてしまい、試合は延長戦となった。

延長に入るとソ連の動きはピタリと止まり、102分に失点。110分にもベルギーの追加点を許してしまう。ソ連は111分にベラノフのPKで1点返すも、3-4と敗北。ベルギーと同じく、メキシコの高地と暑さの前に敗退していった。

天才児のひとり舞台

上り調子のアルゼンチン、準々決勝の相手はイングランドとなった。アルゼンチンにとっては、4年前のフォークランド紛争の記憶も新しい因縁の相手である。試合は “マラドーナシフト” を敷いたイングランドがアルゼンチンの攻撃を抑え、前半は0-0で折り返す。

後半に入った51分、攻撃で前掛かりになったイングランドの隙を突き、マラドーナが前線へボールを運ぶ。そして右サイドにいた選手にボールを預けると、一気にゴール前へ抜け出した。この時トラップミスのボールを奪ったイングランドのホッジは、シルトンへ浮き球のバックパスを送る。しかしそこへ突然現れたマラドーナがシルトンの頭上で右手を使い、ボールをゴールへ押し込んだ。

「ゴール!ゴール!」と叫びながら、仲間と抱き合うマラドーナ。シルトンを始めイングランドの選手は猛抗議を行なうが、ハンドを見逃したチェニジア主審はこの得点を認めた。試合後マラドーナはこのゴールを「神の手」と嘘ぶいたが、実際のところ彼が得意とする人を欺くプレーだった。

観客のざわめきが収まりかけた3分後、マラドーナが自陣センターサークル付近でボールを受けると、ベアズリーとリードのチェックをかいくぐり反転、ゴールへのドリブルを開始する。そして3人目と4人目を巧みなボールコントロールで抜き去ると、飛び出したシルトンも一瞬のフェイントでかわし、追いついたDFともつれ合いながらゴールを押し込んだ。

60mの距離を一気に駆け上がり、左脚1だけでボールを操って決めた、「伝説の5人抜き」ゴール。終盤リネカーが1点返すも、試合は2-1で終了。アルゼンチンは因縁の相手をマラドーナの独り舞台で打ち破った

準決勝に勝ち上がったアルゼンチンの対戦相手は、延長120分に及んだスペインとの準々決勝をPK戦で制したベルギーだった。試合はアルゼンチンが余裕の展開。51分にエンリケのクロスから、マラドーナが左アウトサイドでボールをネットに流し込んだ。

さらに63分、4人に囲まれながらもマラドーナは一瞬の隙を突き強烈なシュート、追加点を決めた。こうして2-0とベルギーを下したアルゼンチンは、2大会ぶりの決勝進出を決める。

 
フランスとブラジルの死闘

1回戦もう片方の山で注目を集めたのが、前回王者イタリアとフランスの試合。フランスの誇る「魔法陣」は、中盤を支配。前半15分にはプラティニが相手GKの頭上を抜き、芸術的なロビングシュートを決めた。さらに57分、ティガナからのボールをロシュトーがワンタッチパ。若手のストピラが追加点を挙げた。イタリアに4年前の勢いはなく、試合は2-0で終了。フランスが余裕の勝利を収めた。

準々決勝の対戦はフランス対ブラジル。序盤はブラジルが主導権を握り、テンポ良いボール回しでリズムを掴んだ18分、ミューレルジュニオールの細かいパス交換が敵陣を崩し、ゴール前でフリーになったカレッカが強烈なシュートを叩き込む。

その後もブラジルの攻勢は続き、今度はカレッカのパスからミューレルがシュート。しかしこれはゴールポストに嫌われてしまった。ブラジルの勢いに追い込まれたフランスは、陣形を変更。するとたちまちパスが繋がり始めた。

40分、ジレスのダイレクトパスから、ロシュトーが右サイドを突破。そこから折り返しのクロスが送られると、飛び出したストピラが潰され、ボールは彼の目の前を転がっていく。だがそこに忽然と現れたプラティニが左脚のインサイドで合わせ、自ら31歳の誕生日を祝う同点ゴールを決めた。

そのあと一進一退の展開が続いた71分、ブラジルは流れを変えるべくジーコを投入。すると代ったばかりのジーコが決定的なスルーパスを送ると、フランスのGKバツがブランコを倒しファール。ブラジルがPKを得た。大事な場面でのキッカーを任されたのは、チーム一番の経験を持つジーコ。しかしジーコが右へ蹴ったシュートは、バツにコースを読まれて防がれる。

この後も激しい攻防が繰広げられたが、90分で決着はつかず試合は延長に突入。その94分、ロシュトーが巧みな動きでブラジルDFを突破。あわやのシュートはカバーに入ったジュニオ・セザールが間一髪で防ぐ。104分、今度はブラジルが細かいパス交換からジワジワと攻め上がり、ジーコが隙間を通すスルーパス、だがアレモンのシュートはバーを越えていった。

延長後半に入った110分、カウンターからプラティニがダイレクトのスルーパス。フリーで抜け出したベローンは、GKカルロスと1対1になった。だがベローンはバランスを崩し、カルロスの捨て身のタックルを受けて転倒。アドバンテージがあったとしてPKにもならず、フランスは好機を逸した。

今度はブラジルにビッグチャンス。カレッカが強引に右サイドを抜けると、中央へ折り返し。ボールはフリーでソクラテスに渡った。しかしソクラテスの振り抜いた右足は空を切り、決定的なチャンスを逃してしまう。暑さの中の延長戦で、32歳となっていたソクラテス疲労は限界を超えていた。

互いに技を尽くした死闘は120分の戦いを終了。1-1の引き分けで準決勝進出はPK戦にもつれ込んだ。ブラジル1人目、ソクラテスのキックはバツが好セーブ。フランスが優位に立ったかに思えたが、4人目プラティニのシュートはクロスバーを高々と越えていった。だがブラジルの5人目、ジュニオ・セザールのシュートがポストに嫌われ失敗。フランス5人目のフェルナンデスがゴールを決め、長い戦いの幕を下ろした。

 

西ドイツ 決勝進出

西ドイツは第1回戦でモロッコと対戦。流麗なパスワークを誇る難敵に苦戦し、0-0のまま終盤を迎えた。延長戦がちらつき始めた87分、西ドイツはFKのチャンスを得る。するとモロッコの中途半端な壁の隙間を狙って、ローター・マテウスが地を這う強烈なキック。見事ゴールに突き刺さり、西ドイツが1-0と勝利した。

準々決勝の相手は、1回戦でブルガリアを2-0と下した開催国メキシコ。西ドイツは地元メキシコに対して慎重になり、試合は延長120分を戦って0-0で終わる。PK戦では、西ドイツが勝負強さを発揮してメキシコを4-1と圧倒。準決勝へ進んだ。

準決勝は、4年前の大会で激闘を演じたフランスとの戦い。しかしベテラン選手の多いフランスは、疲労の蓄積から動きが鈍く、試合は西ドイツのペースとなった。開始9分、セットプレーでマガトが横に流したボールをブレーメがキック。それをGKバツファンブルし、西ドイツが先制した。

それでもバツはこのあと好セーブを連発、幾度ものピンチを防ぐ。だが焦ったプラティニが前線に張り付いてしまい、華麗なパスワークは陰を潜めてしまった。単調な攻めでフランスのチャンスは少なく、89分にはフェラーの追加点を許す。

こうして西ドイツが2-0と勝利、プラティニとフランスの野望は潰えてしまった。2大会連続の決勝進出となった西ドイツは、アルゼンチンと雌雄を決することになった。

 

第13回ワールドカップ・メキシコ大会決勝は6月29日、アステカ・スタジアムに11万4千6百人の観客を集めて行なわれた。ベッケンバウアー監督はマテウスマラドーナのマークに付け、アルゼンチンの攻撃を抑えにかかった。

前半23分、マテウスが自在に動くマラドーナを倒し、アルゼンチンにFKのチャンスを与える。ブルチャガが蹴ったFKは平凡なものだったが、GKシューマッハが中途半端な飛び出し。ボールはその手をすり抜け、フリーとなったDFブラウンに先制ゴールを許してしまう。

後半の55分、バルダーノマラドーナエンリケとパスが繋ながり、ダイアゴナルランでへ駆け上がったバルダーノがフリーとなる。そしてラストパスからバルダーノがシュート、アルゼンチンに追加点が生まれた。

試合の流れは、完全にアルゼンチンへ傾いたように思えた。だが2点をリードされてから真価を発揮するのが、ゲルマン魂だった。後が無くなりマテウスマラドーナのマークを放棄、攻撃への参加を始める。74分、ブレーメの蹴ったCKをフェラーが頭で落とすと、ルンメニゲがスライディングでボールを押し込んだ。

80分、またもブレーメのCKからフェラーがゴール、ついに西ドイツが試合を振り出しに戻す。この勢いのまま前掛かりになる西ドイツ、しかしそこに一瞬の隙が生まれた。

83分、攻め上がった西ドイツ裏のスペースを見逃さなかったマラドーナが、ハーフライン手前で必殺のスルーパスを送る。阿吽の呼吸で駆け上がっていたブルチャガにボールが繋がると、冷静にシューマッハを抜いたシュート。アルゼンチンに勝ち越しの得点が生まれた。

こうして西ドイツを2-1と下したアルゼンチンが、2大会ぶり2度目の優勝。主将のマラドーナは栄冠のトロフィーを高々と掲げた。

大会3位となったのは、プラティニ抜きの若手主体でベルギーとの決定戦を制したフランス。MVPは大会の主役マラドーナが獲得し、6ゴールを記録したリネカーが得点王に輝く。

 

rincyu.hateblo.jp

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