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米俳優ライアン・オニールさん 死去

〈2023年12月8日の記事〉

 

大谷翔平ファンの有名俳優

米俳優のライアン・オニールさんが8日に亡くなったことが、家族のSNSから伝えられた。詳しい死因は伝えられていないが、2012年には前立腺ガンを患ったことが公表されている。享年82歳。

息子のパトリックさんは、大谷翔平のプレー実況で知られるスポーツキャスター。ライアンさん自身も大谷選手の顔がプリントされたシャツや枕を愛用するなど、大のファンを公言していた。

息子パトリックさんのインスタグラムには、「父は今日、家族や仲間に見守られながら、安らかに息を引き取った。ライアン・オニールは常に私のヒーローだった」の想いが綴られている。

 
ある愛の詩』で人気を博す

1941年生まれのカリフォルニア州ロサンゼルス出身。父チャールズは小説家・脚本家で、母パトリシアは女優。弟ケヴィン・オニールものちに俳優・脚本家となっている。

父親が旅好きだったため、一家はメキシコ、西インド諸島、イギリスなどを転々。オニールが10代半ばの頃には、西ドイツ・ミュンヘンへ移り住む。ここでテレビのエキストラやスタントマンを務めたことから演技に興味を持ち、60年代初めにはアメリカへ単身帰国。『アンタッチャブル』『ララミー牧場』などのドラマシリーズに出演し、俳優としてのキャリアを積んだ。

そして人気ソープオペラ『ペイントプレイス物語』(64~69年)でメインキャストを演じたのをきっかけに、映画界へ進出。70年には難病もののラブストーリー、『ある愛の詩』に主演。映画は「愛とは決して後悔しないこと」(直訳では ”決して謝らないこと” )のセリフとともに一世を風靡し、大ヒットを記録。アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされ、一躍人気俳優となった。

だがオニール本人はこのような二枚目役を嫌い、72年に出演した『おかしなおかしな大追跡』(ピーター・ボグダノヴィチ監督)では、相手役(バーブラ・ストライサンド)の同じセリフに「それは私が今まで聞いた中で、最も下らないことだ」と答えるなど、パロディで返している。

最初の妻と別れた後、67年には『ペイントプレイス物語』で共演したリー・テイラー=ヤングと再婚(74年に離婚)。前妻との間に生まれた娘テイタム・オニールとは、73年の『ペーパームーン』(ピーター・ボグダノヴィチ監督)で父娘初共演を果たす。この作品で、娘テイタムが史上最年少(10歳)となるアカデミー賞助演女優賞を受賞。大いに世間の話題を集めた。

75年には、巨匠スタンリー・キューブリック監督のピカレスクロマン『バリー・リンドン』の主役に抜擢。今でこそ、18世紀ヨーロッパを緻密に再現した歴史劇として評価の高まっている本作だが、公開当時は批評家にも観客にも不評。失敗作と見なされ、オニールの名にも傷が付いてしまう。

 
有名女優との恋愛遍歴

以降は彼自身の不遜な言動や態度があだとなり、80年代に入るとキャリアは下降気味。あまり重要な役を演じることも少なくなり、再び仕事の場をテレビへと移行する。2000年代後半からは、人気ドラマシリーズ『デスパレートな妻たち』などに出演している。

また恋愛遍歴の賑やかさでも知られ、ウルスラ・アンドレス、アヌーク・エーメ、ジャクリーン・ビセットバーブラ・ストライサンドダイアナ・ロスアンジェリカ・ヒューストンメラニー・グリフィスらの有名女優と浮き名を流した。

その中でも深い関係で結ばれていた女優は、ファラ・フォーセット。オニールの繰り返される不貞行為により一時は別れていたが、01年に彼の白血病が発覚して復縁。反対にフォーセットがガンによる闘病生活を送っていた09年6月には、死の床にあった彼女(6月25日に62歳で没)へプロポーズをするなど、最後まで寄り添ったという。