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サッカーの歴史や人物について

ワールドカップの歴史 第16回フランス大会-後編(1998年)

トリコロールの栄冠」

 

 

10人の勇者と1人の愚者

トーナメント1回戦で最も注目されたのが、因縁となったアルゼンチンとイングランドの戦い。開始6分、バティストゥータのPKでアルゼンチンが先制。だがその4分後、今度はアラン・シアラーがPKを沈めて試合を振り出しに戻す。

16分、ベッカムのパスにオーウェンが飛び出し、DFを切り裂くドリブルからシュート。鮮烈なゴールを決める。リードされたアルゼンチンも前半のロスタイム、ベロンの頭脳的なFKからサネッティがヘディングで同点とした。

後半に入った47分、ベッカムシメオネが交錯。ベッカムはうつぶせに倒れた。その背後からシメオネが挑発の言葉を浴びせると、たびたびのラフプレーに冷静さを失っていたベッカムが、足を出しての報復行為を行なった。

その足は少し触れた程度だったが、シメオネはここぞとばかりに大げさに転倒。これを近くで見ていた主審は、シメオネイエローカードベッカムにはレッドカードを提示した。これで10人となってしまったイングランドは、守備的陣形を敷いて残り時間の猛攻に耐える。

試合はサドンデス方式(ゴールデンゴール)の延長を終わって2-2のまま。勝負はPK戦に持ち込まれた。ここまで踏ん張ってきたイングランドだが、PK戦では3-4と力尽き、ベスト16敗退となった。

つまらない報復行為で敗戦の戦犯とされたベッカムは、英メディアから「10人の賢者と、1人の愚者」のそしりを受ける事になる。

 
オルテガの愚行

アルゼンチンが準々決勝で戦ったのはオランダ。オランダはトーナメント1回戦でユーゴスラビアと対戦。1-1で迎えた終了直前の90分にダーヴィッツミドルシュートが決まるという、薄氷の勝利で勝ち上がってきていた。

試合は開始12分、ロナルド・デ・ブールの浮き球パスをベルカンプが頭でゴール前に送ると、走り込んできたクライファートが先制点を叩き込む。対するアルゼンチンも17分、ベロンのロングパスにクラウディオ・ロペスが抜けだし、GKファン デル・サールと1対1。巧みにかわして同点弾を決めた。

後半はオランダがやや押し気味にゲームを進めるが、72分にシメオネの誘ったファールにより、DFヌマンが2枚目の警告で退場。アルゼンチンに流れが傾いた。だが両チーム決め手を欠き、試合は終盤戦に突入。そのの87分、オルテガがドリブルでP・エリアに侵入。脚を出されてオーバーに倒れ込む。

主審の判定はノーファール。するとファン デル・サールは倒れるオルテガに近寄り、シミュレーション行為を批難。それに怒ったオルテガがファン デル・サールの顎に頭突きをお見舞いし、一発退場を食らってしまう。

これで再び流れを引き寄せたオランダ。試合終了間近の89分、後方にいたフランク・デ・ブールが、駆け上がるベルカンプに60mの超ロングパス。ベルカンプは後方からのボールを、完璧なトラップでコントロール。素早くDFをかわし、右脚アウトサイドで決勝弾。劇的な幕切れでアルゼンチンを2-1と打ち破り、オランダが準決勝へ進んだ。

 

勝ち進むブラジル

優勝候補のブラジルは、1回戦でチリと対戦。開始11分、ドゥンガのFKをサンパイオが頭で合わせてブラジルが先制。27分にもサンパイオの追加点が生まれ、前半ロスタイムにはロナウドがPKを決めた。さらに70分にはロナウドがダメ押しゴールを叩き込み、チリの反撃をサラスの1点に抑えてブラジルが4-1と快勝する。

デンマークは1回戦、ラウドルップ兄弟の攻撃が冴え渡り、優勝候補のひとつだったナイジェリアを4-1と粉砕する。そして準々決勝でブラジルと対戦。開始2分、デンマークが速攻で先制点。その勢いを見せた。

だが11分、ロナウドがマーカーを引きつける間に、フリーとなったベベットがゴール。すぐにブラジルが同点へ追いつく。さらに27分、ロナウドに気を取られたデンマークDFの隙を狙い、リバウドの逆転弾が決まった。だが後半に入った50分、ロベルト・カルロスがオーバーヘッドでのクリアを失敗、ブライアン・ラウドルップに拾われ2-2の同点とされる。

これでデンマークに流れが傾いたかと思われた60分、ドゥンガのパスを受けたリバウドがロングシュート。ボールは名手シュマイケルの脇を抜けゴールイン、ブラジルに勝ち越し点が生まれた。こうして3-2と激戦を制したブラジルは、準決勝へ勝ち上がった。

 

決勝への激闘

そして準決勝は、ブラジルとオランダの戦い。ブラジルは通算2枚の警告を受けたSBのカフーがこの試合出場停止、右サイドの守備に不安を抱えていた。だが対するオランダも、その弱点を突くべき左ウイングのオーフェルマルスを怪我で欠いてしまう

試合は互角の勝負が繰り広げられ、前半を0-0で折り返す。だが後半直後のわずか20秒、リバウドがゴール前にグラウンダーのクロス。そこへ相手DFを振り切ったロナウドが合わせ、ブラジルが先制した。

リードされたオランダは猛反撃を開始。押し込まれたブラジルは70分、ベベトーに替えデニウソンを投入する。するとR・カルロスとの連携が機能し始め、ブラジルが押し返す展開となった。

このままブラジルが1点を守り切るかと思えた87分、右サイドでフリーになったR・デ・ブールがクロスを上げると、クライファートが頭で合わせ同点。オランダが土壇場で追いつく。延長に入ると、ロナウドが50mのドリブル突破。オランダは必死の守り「フェノメナ」の突進を防ぎ、延長120分を耐え抜いた。

PK戦ではブラジルGKタファレルが好守を連発。オランダを4-2と制し、2大会連続の決勝進出を決める。

 

開催国フランスは、1回戦でパラグアイと対戦した。司令塔のジダンを欠くも高い技術で中盤を支配。パラグアイの12本のシュートに対し、35本ものシュートで圧倒する。だが主将チラベルトがチームを統率し、CBのガマーラアジャラがゴール前を死守。フランスのチャンスをことごとく防いだ。

試合はスコアレスのまま延長に突入。膠着状態が続いた延長後半、フランスは状況を打開するべくDFのブランが攻撃参加する。

その113分、途中出場ピレスのクロスをトレゼゲが頭で合わせ、詰めていたブランがゴール。延長戦はゴールデンゴール方式で行なわれており、この得点で試合を終わらせたフランスは、準々決勝へ勝ち上がることとなった。

 

ジダンバッジオのせめぎ合い

フランス準々決勝の相手は、強豪イタリア。イタリアは1回戦でノルウェーを1-0と退け、準決勝へ進んでいた。18分に挙げたビエリの得点を堅守で逃げ切るという、まさにイタリアらしい勝利だった。

フランスはこの試合からジダンが復帰。休養充分の司令塔は、卓越したキープ力と鋭いパスでイタリア陣営を脅かし続けた。DFネスタを怪我で欠いたイタリアだったが、それでもパオロ・マルディーニカンナバーロら守備陣が踏ん張り、フランスの得点を許さなかった。

後半の67分、チューザレ・マルディーニ監督はトップ下として機能していないデル・ピエロに代え、ベテランのR・バッジオを投入。経験豊富なバッジオは、技を駆使して再三のチャンスを作り出すが、フランス必死の守りにゴールを割れない。

試合は延長の120分を終わっても0-0、PK戦へと突入する。先攻のフランスは、1人目のジダンがパリウカの動きを見極めゴール。後攻イタリアのバッジオも確実にシュートを沈めた。

そのあと両チーム1人ずつが外すも、フランス5人目のブランが成功。後攻イタリアの5人目、ディ・ビアッジオのシュートはバーを直撃。90年大会の準決勝、94年大会の決勝と、イタリアは3大会連続でPK戦に沈んでしまう。こうして強敵を下したフランスは、準決勝へ進むことになった。

 

新興クロアチアの躍進

ドイツは1回戦でメキシコと対戦。先制を許すもいつもの勝負強さを発揮し、クリンスマンビアホフのゴールで2-1と逆転勝利を収めた。準々決勝の相手はクロアチアクロアチアはトーナメント1回戦、勢いのあるルーマニアと対戦。シュケルのPKで1-0と接戦を制し、準々決勝に勝ち上がってきていた。

前半はドイツがゲームを支配。再三チャンスを作るものの、エースのビアホフがゴールを決め切れずに先制機を逃す。その40分、ロングパスからゴール前に抜け出したシュケルが倒されファール。得点機を阻止したとして、ドイツDFのヴェルンスが一発退場となる。

ここから戦況は一変、45分にヤルニのミドルシュートクロアチアが先制した。さらに後半80分、カウンター攻撃で追加点を挙げると、その5分後にもシュケルがゴール前の混戦からダメ押し弾。強豪ドイツの息の根を止める。こうしてクロアチアは、大方の予想を裏切る勝利で準決勝へ名乗りを上げた。

 

フランス 悲願の決勝へ

準決勝のフランス対クロアチア戦、スタンドは決勝進出を期待するフランス国民の熱気で溢れていた。試合は地力に勝るフランスの展開。しかしFWの決定力を欠き、0-0で前半を折り返す。後半開始直後の25秒、アサノビッチのパスを受けたシュケルがGKバルテスをかわしシュート、クロアチアが先制点を挙げた。

だがその1分後、Pエリア前でボバンのボールを奪ったテュラムが、ジョルカエフとのワンツーから同点弾を決める。そして69分、またもやテュラムがアンリとのワンツーからヤルニをかわしてシュート、クロアチアを逆転した。

だが終盤に差し掛かった74分、ゴール前の小競り合いでブランがビリッチの胸を押しすと、ビリッチは何故か顔を押さえて倒れ込む。すると主審はブランにレッドカード、フランスは抗議するも判定は覆らなかった。試合はこのまま2-1で終了。逃げ切ったフランスは念願の決勝へと駒を進めるが、守備の要を失うことになった。

このあと3位決定戦が行なわれ、モチベーションの高いクロアチアがオランダを2-1と下す。この試合でも得点を記録したクロアチアシュケルが、大会6ゴールで得点王を獲得した。

 

ブラジルエースの異変

第16回ワールドカップ・フランス大会の決勝は、7月12日スタッド・ドゥ・フランスに満員の観客を集めて行なわれた。そのスタンドには、シラク大統領や組織委員長プラティニの姿もあった。

しかしこの決勝戦の直前、ブラジルに異変が発生していた。絶対的エースであるロナウドが、腹痛と痙攣を起こして病院に運び込まれたのだ。

この事態にブラジルは当初、先発FWエジムンドの名を記してメンバー表を提出した。しかしロナウドは病院から会場に駆けつけると、ザガロ監督に出場を直訴する。ザガロ監督もロナウドの体調不良を承知で、彼の懇願を受け入れた。

国民の期待と世界的な注目、協会からの干渉、マネジメントやスポンサーによる圧力。まだ21歳に過ぎない若者に背負わされた責任は並大抵ではなく、精神的に蝕まれながらも、ロナウドには無理を押して出場しようとした。そしてザガロ監督も、本人が望む限り彼を使わざるを得なかったのである。

フランスは出場停止となったブランの代わりにルブフを起用、いつもの4バックで試合に臨んだ。一方強行出場したロナウドのプレーにキレは無く、彼を気遣うチームメイトたちも集中力を欠いてしまう。

 

新将軍誕生とパリの凱歌

開始27分、フランスが右CKのチャンス。プティがカーブの掛かったボールを蹴ると、そこへジダンが頭で合わせ、鮮やかなヘディングシュートを叩き込んだ。これまでヘディングのイメージがないジダンに対し、ブラジルは無警戒だった。

前半のロスタイム、再びフランスに左CKのチャンスが訪れた。いつもは左CKを担当するジダンだが、ジョルカエフにその仕事を託してゴール後方へ陣取った。CKが蹴られると、レオナルドのマークをかわしゴールへ突進。またもやヘッドでロベカルの股を抜く2点目を決めた。

優位に立ったフランスだが、68分にDFのデサイーが警告2枚で退場となる。それでもブラジルの反撃を凌ぎ、後半のロスタイム、カウンターからプティが抜け出し3点目。決勝戦の最後を締めくくった。こうしてフランスがブラジルに3-0と完勝、7ヶ国目のワールドカップチャンピオンに輝く

大会初優勝の快挙に、いつもは斜に構えるフランス国民も大興奮。シャンゼリゼ大通りには優勝を祝う150万の市民が集まったと言われている。

大会MVPには準優勝に終わったブラジルのロナウドが選ばれているが、最後の最後に主役となったのはジダン。フランスの新将軍誕生を告げる活躍だった。

 

rincyu.hateblo.jp

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