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サッカーの歴史や人物について

ワールドカップの歴史 第14回イタリア大会-前編(1990年)

「激動期の大会」

 

 

時代の大きなうねり

第14回ワールドカップの開催地には8ヶ国が立候補したが、最終的にイタリアとソ連の2ヶ国に絞られた。そして84年にはFIFA総会で投票が行なわれ、多くの支持を集めてイタリアが開催国に選ばれる。84年ロサンゼルス五輪ではソ連など東欧諸国が大会をボイコット、それが投票の結果に影響したと思われた。

 

世界各地で予選が行なわれ、前回3位のフランスは本大会出場を逃す。そして南米予選ブラジルvsチリ戦、観客席から投げ込まれた発煙筒が、チリGKロハスの頭部を直撃。裂傷を負ったとして試合続行を拒否し、再試合を要求した。しかしそのとき写された写真とFIFAの調査により、ロハスの行為は狂言と判明する。

 

ブラジルにリードされ、南米予選敗退の危機に追い込まれた状況に、ロハスが自らの頭を傷つけ再試合に持ち込もうとしたのだ。FIFAはこの試合をブラジルの2-0勝利とし、チリ協会には罰金と次回Wカップ出場停止の処分を科した。そして狂言を演じたロハスは、終身のサッカー活動禁止となった。(後に復帰が許されている)

 

90年にイタリアWカップが開催されるが、前年の6月に中国で天安門事件が発生。11月にはベルリンの壁崩壊と、チェコスロバキアビロード革命が起きている。そして12月にはルーマニアチャウシェスク独裁政権が終焉を迎えるなど、東欧に大きな変革期が訪れていた。

 

さらに90年イタリア大会の直後には、フセインイラククウェートに侵攻。湾岸戦争が勃発する。その後もソビエト連邦の解体や、ユーゴスラビアの分裂と民族紛争の勃発など、時代の大きなうねりの中で開催された大会となった。

 
雄叫びを上げる不屈のライオン

第14回ワールドカップ・イタリア大会は6月8日、ミラノのサンシーロ・スタジアムで開幕した。開幕戦となった予選リーグB組の試合で、前回王者のアルゼンチンが登場。2度目の出場となったカメルーンと対戦した。4年前もディフェンシブなチームだったアルゼンチンだが、攻撃の中心マラドーナが右足痛を抱え満身創痍の状態。いっそう守備的な戦いを強いられていた。

身体能力の高さを誇り「不屈のライオン」と呼ばれるカメルーンは、王者アルゼンチンと堂々と渡り合う。だがそのプレーは荒く、61分に中盤の選手が退場処分となった。だが直後の66分、FWオマン・ビイクが人間離れしたハイジャンプからヘディング。アルゼンチンゴールを陥れて先制点を挙げた。

カメルーンは89分にもラフプレーでDFの選手が退場。それでも9人で1点を守り切り、アルゼンチンに勝利。世界を驚かせた。

大仕事をやってのけたカメルーンは、第2節でルーマニアと対戦。0-0で折り返した後半の60分、老兵ロジェ・ミラが投入された。当時38歳のミラは半ば引退状態にあったが、政府の要請により代表復帰を果たしていたのだ。

76分、ディフェンダーに競り勝ったミラが強烈な先制弾を決めた。ミラは右コーナフラッグに駆け寄り、歓喜のリズム「マコサ」を披露する。さらにその10分後、しなやかな動きから豪快なシュートを決めて2点目。再び喜びの「マコサ」を踊った。88分に1点を失ったものの、カメルーンが2-1で勝利。最終節のソ連戦では0-4と敗れるも、グループ1位で決勝T進出を果たした。

アルゼンチンは第2節でソ連と対戦。開始11分でGKプンピードが味方とぶつかり、脚を骨折。控えのセルヒオ・ゴイゴチェアと交代した。その直後ソ連が決定的なヘディングシュート、しかしそのゴールはマラドーナの「神の手」によって塞がれる。人を欺くハンドは、またもや主審によって見逃されてしまったのだ。

アルゼンチンはこの試合2-0と勝利、次のルーマニア戦にも引き分けかろうじて3位で決勝T進出となった。4位で予選敗退したソ連は1年後に解体し、結果的にこれが最後の大会となった。

A組では地元イタリアが登場、第1節でオーストリアと対戦した。だがヴィチーニ監督がエースと期待したジャンルカ・ビアリが怪我で不調、終盤まで0-0の状況が続いた。75分には遅咲きのストライカー、サルヴァトーレ・スキラッチを投入。その3分後、スキラッチファーストタッチによるヘディングゴールが生まれた。

スキラッチの得点で初戦を1-0と辛勝したイタリアは、第2節で10大会ぶりの出場を果たしたアメリカと対戦した。このとき次大会でのアメリカ開催が決まっており、FIFAは北中米の強豪メキシコを強引に出場資格停止処分。アメリカのW杯出場を助けていた。イタリアは大学生中心で編成されたチャレンジャーに苦しみ、勝利したものの、得点はジャンニーニの1点だけだった。

第3節のチェコ戦、あまりの得点力不足にヴィチーニ監督はビアリを控えに回し、スキラッチと人気の若手ロベルト・バッジオを先発のFWに起用した。開始9分、スキラッチがまたもやヘディングで先制、78分にはバッジオがドリブルで2人を抜き、鮮やかな追加点を決めた。この結果A組は、得点力不足に悩みながらイタリアが予選3連勝で1位、チェコが2位となった。

C組、ラザローニ監督率いるブラジルは、攻撃より守備を重んじた手堅いチームで大会に臨んでいた。初戦はカレッカの2得点などでスウェーデンを3-1と下し、コスタリカスコットランドにはそれぞれミューレルの得点で1-0と連勝。3戦全勝で1位通過を決めた。

2位となったのは、初出場の小国コスタリカ。前回大会で地元メキシコをベスト8に導いた知将、ボラ・ミルティノビッチ監督に率いられたチームである。ブラジルには敗れたものの、スコットランドには1-0、スウェーデンには2-0と勝利し、みごと決勝トーナメント進出を果たした。

 

ユーゴスラビアとコロンビア

D組のユーゴスラビアは、高いスキルと豊かな創造性で「東欧のブラジル」と呼ばれた強豪チーム。しかし多民族国家の弊害から、Wカップではこれといった成績を残せていなかった。

86年に監督へ就任したイビチャ・オシムは、これまでの偏った代表編成にメスを入れ、個々の才能と経験を最大限に活かしたたチームを作り上げた。そして大ベテランであるスシッチをチームの中心に据え、ドラガン・ストイコビッチデヤン・サビチェビッチら若いタレントの力を引き出す。

しかし第1節の西ドイツ戦では、マテウスに2得点、フェラーとユルゲン・クリンスマンにも得点を許し、1-4の完敗を喫してしまう。続く第2節で対戦したのは、南米第4のチーム、コロンビア。コロンビアはラインを高く押し上げたコンパクトな布陣と、背後のスペースをカバーするオフサイドトラップ戦術に長けたチームだった。

その攻撃を操るのが、「カリブの怪人」カルロス・バルデラマ。金髪アフロのバルデラマは、長短織り交ぜた魔法のパスで初出場のアラブ首長国連邦UAE)を翻弄。初戦を2-0の勝利で飾っていた。

ユーゴスラビアとコロンビアの試合は互角の展開、ゲーム終盤まで0-0のまま進む。その75分、スシッチの狙いを定めたパスがコロンビアのオフサイドトラップを崩し、ユーゴに決勝点となる1点が生まれた。このあとユーゴは最終節でUAEに4-1と快勝、西ドイツに続く2位で決勝T進出となった。

コロンビアは決勝トーナメント進出を懸け、すでにグループ突破を決めていた西ドイツと最終節で対戦。コロンビアの巧みなプレス戦術と、バルデラマが駆使する変幻自在なパスは西ドイツを苦しめた。だが終盤の88分、フェラーとの絶妙なプレーからリトバルスキーが抜け出しシュート、西ドイツに先制を許してしまう。

試合はロスタイムへ突入し、コロンビアは敗色濃厚。だが終了直前の92分、コロンビア4本のダイレクトプレーからバルデラマキラーパス。フリーになったリンコンが同点弾を決めた。こうして土壇場で1-1と引き分けたコロンビアは、3位で決勝トーナメント進出を果たすことになった。

E組のスペインは、初戦のウルグアイ戦で0-0と引き分けた後は韓国に3-1、ベルギーに2-1と勝利し、これまでにない順調さで予選1位突破を決めた。

ベルギーは初戦で韓国を2-0と下すと、第2節はシーフォの得点などでウルグアイを3-1と撃破、スペインに続く2位突破を決めた。

最終節・韓国戦の勝利に、予選突破の望みを残すウルグアイ。試合は0-0のまま終盤を迎えるが、終了直前の90分、FKからフォンセカのヘディングが決まり1-0。この勝利でウルグアイが、3位での決勝トーナメント勝ち上がりを果たした。最後の最後で失点した韓国は、3戦全敗で大会を去って行った。

 

大混戦のF組

F組には、80年代に猛威を振るった過激なフーリガンを抱える2大国、イングランドとオランダが同居していた。イタリア当局は対策として、F組の試合をサルディーニャ島とシチリア島の2会場に限定し、フーリガンを閉じ込める形で警備を行なった。

3大会ぶりの出場となったオランダだが、88年には名将ミケルスに率いられ欧州選手権で初優勝。マルコ・ファン バステン、ルート・フリットフランク・ライカールトミラントリオを始め、豊富なタレントを擁し、この大会では優勝候補の一角に挙げられていた。その後ベーンハーカー監督に交代したものの、メンバーは殆どそのままだった。

しかし期待されたオランダは、初戦で格下エジプトに1-1の引き分け。フリットは膝の故障から回復したばかりで、エースのファン バステンも不調。だが同組のライバルであるイングランドも、アイルランドと1-1で引き分けていた。

第2節は、調子の上がらない強豪同士の対戦。この試合イングランドは、代表として始めてスイーパーを置く3バックシステムを採用する。するとゲームメーカー、ポール・ガスコインを中心にボールが回り出し、リネカーが再三のチャンスを得るも、もう一歩で得点に繋がらなかった。

結局試合は0-0のスコアレスドロー、他会場のアイルランドvsエジプト戦も0-0に終わり、第2節を消化した時点でE組は団子状態。勝負の行方はまったく分からなくなった。

 

決勝トーナメントの戦いへ

最終節、イングランドはエジプトと対戦。イングランドは固く守る相手に苦戦、前半を0-0で折り返した。後半の64分、FKを得たイングランドガスコインが絶妙のボールをゴール前に送り、それをスイーパーのマーク・ライトがヘディングで決めた。こうして試合は1-0で終了。ようやく勝利を手にしたイングランドが、1位で決勝トーナメント勝ち上がりとなった。

もう一つの試合、オランダvsアイルランド戦は開始10分、フリットが角度のないところから右足で先制点。だがアイルランドも猛反撃を開始、71分に追いついて試合は1-1の引き分けに終わる。こうしてオランダとアイルランドが勝ち点と得失点差で並んだため、順位を決める抽選が行なわれる。

その抽選結果でアイルランドが2位、オランダも3位ながら決勝トーナメントへ進むことになった。E組で行なわれた試合はほとんど引き分け。勝負がついたのは1試合だけで、総得点も6試合で7つのみ。好チームが揃いながら盛り上がりに欠けた内容だった。

こうして予選リーグは全日程を終え、決勝トーナメントの組み合わせは、イタリアーウルグアイルーマニアアイルランド、スペインーユーゴスラビア、アルゼンチンーブラジル、カメルーンーコロンビア、イングランドーベルギー、チェコスロバキアコスタリカ、オランダー西ドイツ、となった。

 

rincyu.hateblo.jp

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