サイレントノイズ・スタジアム

サッカーの歴史や人物について

ワールドカップの歴史 第14回イタリア大会-後編(1990年)

「退屈な決勝戦

 

 

世界を驚かせた「ブラックパワー」

決勝トーナメント1回戦の初日、予選リーグで世界を驚かせたカメルーンはコロンビアと対戦。勝負は互いに譲らず、0-0のまま延長戦に突入する。そして延長後半の106分、スーパーサブロジェ・ミラが軽やかなステップから左サイドを突破、DF2人を置き去りにし、鮮やかな先制弾を叩き込んだ。

その3分後、ミラに先制点を奪われたGKレネ・イギータが、Pエリアを飛び出し遙か前方に繰り出してきた。だが味方からの横パスをキープできず、迫ってきたミラにボールを絡め取られ、無人のゴールへ追加点を流し込まれてしまう。

この日2度目の「マコサ」を舞うミラ。アクロバティックなプレーで観客を楽しませてきたイギータだが、コロンビア攻撃の起点となってきた彼の飛び出しは、この場面で裏目に出てしまった。116分にバルデラマとレディンの壁パスからコロンビアが1点返すも、試合は2-1で終了。カメルーンが準々決勝進出を決めた。

イングランドはベルギーと対戦。0-0で延長戦に突入し、PK戦となるかと思えた119分、ガスコインのFKからデービッド・プラットがボレーで決勝点。準々決勝はカメルーンイングランドの戦いとなった。

プレーの荒いカメルーンは、前の試合で累積警告がたまり、4人の選手が出場停止。25分、プラットのゴールで先制されたカメルーンは、後半から切り札のミラを投入する。

するとミラの動きはイングランドを苦しめ、61分にPKを獲得。1-1の同点とする。さらにその3分後、ミラのスルーパスが通り、カメルーンが勝ち越し弾。だがジャイアントキリングの再現かと思えた83分、リネカーが自ら得たPKを決め、イングランドが追いついた。

延長に入って流れを掴んだイングランドは、105分にガスコインのスルーパスからリネカーが倒されPK。これをリネカー自身が冷静に沈め、ついに逆転。3-2と激闘を制したイングランドが、準決勝に進む。

大健闘虚しく敗れた ”不屈のライオン” だが、「ブラックパワー」の威力を見せつけ大会を去って行った。

 
西ドイツとオランダのサンシーロ決戦

トーナメント1回戦で注目を集めた西ドイツとオランダの試合は、サンシーロ・スタジアムで行なわれた。サンシーロACミランインテルの本拠地。オランダのミラントリオと、西ドイツのインテル3人衆(クリンスマンマテウス、ブレーメ)にとって、ホームグラウンドの戦いだった。

開始20分、ライカールトがフェラーにファール。揉み合いとなって両者にイエローカードが出る。その直後、フェラーのキーパーチャージまがいのプレーにライカールトが突っかかり、イエローカードが提示されて二人とも退場になってしまう。

怒りが収まらないライカールトは、フェラーの頭に唾を吐きかけピッチを去って行った。そもそもこの揉め事の原因は、フェラーがスリナム系黒人のライカールトに差別的な言葉を口にしたからだと言われている。

退場の影響は中盤のキーマン、ライカールトを失ったオランダの方が大きかった。後半の50分、前線に上がったDFのギド・ブッフバルトが左サイドからクロス、クリンスマンが足で合わせ先制点を決めた。

さらに84分にはブレーメが2点目。終了直前にロナルド・クーマンのPKで1点失なうも、西ドイツが2-1と勝利した。魅力的なサッカーとスター選手の活躍を期待されたオランダだが、その実力を発揮することなく大会を去って行った。

準々決勝、西ドイツはコスタリカに4-1と圧勝したチェコと対戦。クリンスマンが倒され得たPKをマテウスが決め、難敵を1-0と退けて準決勝進出を果たす。準決勝の相手は、接戦を勝ち抜いてきたイングランドだった。

決勝トーナメントに入り、過酷な移動を強いられたイングランドは疲れ気味。かたや西ドイツの動きも重かった。前半は両者にチャンスも少なく、試合は0-0で折り返した。後半の60分、ブレーメのシュートがクリアに来たパーカーの足に当たり、ボールは空中へ。だがその軌道は弧を描き、GKシルトンの頭上を越えゴールイン。西ドイツが幸運な先制点を手に入れた。

先制されたイングランドは反撃を開始。80分、パーカーが右サイドからクロスを上げると、リネカーが巧みなコース取りで抜けだしシュート。同点弾を決めた。試合は延長に突入。西ドイツはブッフバルトイングランドクリス・ワドルがあわやのロングシュートを放つが、どちらもバーに嫌われ得点とはならなかった。

延長の120分を終えても1-1のまま。準決勝を決める勝負はPK戦に持ち込まれる。するとPK戦で負けたことのない西ドイツが、持ち前の勝負強さを発揮。イングランドを4-3で打ち破り、3大会連続の決勝進出となった。

南米両雄対決

決勝トーナメントのもう一つの山で話題を集めたのが、南米の両雄アルゼンチンとブラジルの試合。マラドーナは予選リーグで左脚に深刻なダメージを受け、麻酔を打ってピッチに立っていた。試合の主導権を握ったのはブラジル。ジョルジーニョ、ブランコの両翼がサイドをえぐり、カッレカ、ミューレル、アレモンの攻撃陣が次々とアルチンゴールに襲いかかる。

劣勢のアルゼンチンは、GKゴイゴチェアの好セーブに助けられ、どうにか失点を防いでいる状態だった。頼みのマラドーナは動きが鈍く、ボールを持ってもドゥンガのマークに封じられ、なかなかチャンスを生み出せない。

一方、執拗に攻めながらフィニッシュが決まらないブラジル。チャンスを逃し続けたツケが、終盤に回ってきた。80分、ボールを持ったマラドーナが中盤で反転、密集を抜けて突然ドリブルを開始する。たぐい寄せられるように、マラドーナを囲む3人のブラジルDF。だが、がら空きとなった前方横のスペースには、マークから解放されたカニーヒアが駆け上がっていた。

そこへすかさず、マラドーナが普段使わない右脚でスルーパス、ボールは併走するブラジルDFの股間を抜け、フリーのカニーヒアへ、アルゼンチンに起死回生のゴールが生まれた。試合は1-0で終了。唯一のチャンスをモノにしたアルゼンチンが、Wカップで初めてブラジルに勝利。苦しみながら準々決勝へ進んだ。

 

ユーゴスラビアはスペインと対戦。0-0で迎えた79分、ゴール前で高々と上がったボールを、ストイコビッチが吸い付くようなトラップで足元にて収めシュート。鮮やかな先制ゴールを決めた。だが83分、フリオ・サリナスの得点で追いつかれしまい、試合は延長に入った。

その延長前半の93分、ユーゴはFKのチャンスを獲得。キッカーのストイコビッチが右足を一閃すると、ボールは壁を巻いてスペインのゴールネットを揺らした。

2-1と勝利したユーゴは、準々決勝でアルゼンチンと対戦。マラドーナのマークを命ぜられたサバナゾビッチが、開始30分で退場。ユーゴは数的不利を強いられるが、持ち前のキープ力で互角以上の展開に持ち込んだ。試合は延長120分を戦い、両チーム無得点。勝負はPK戦にもつれ込む。

マラドーナのキックは止められてしまうが、ストイコビッチのシュートもバーを直撃。アルゼンチンはGKゴイゴチェアが大活躍。ユーゴ3人のシュートを防ぎ、3-2とPK戦を制して準決勝進出となった。

 

ラッキーボーイ スキラッチ

開催国のイタリアは、1回戦でウルグアイと対戦。両チーム無得点で迎えた後半の53分、イタリアはこの日30歳となったFWアルド・セレナをピッチに送り込む。大柄なセレナはウルグアイDFを撹乱、65分に彼のパスからスキラッチの先制点が生まれた。83分にもセレナが追加点、イタリアが2-0の完勝を収める。

準々決勝の相手は、ルーマニアPK戦で退けたアイルランド。ちぐはぐなプレーが目立ったイタリアだが、開始26分にドナドーニがシュート。キーパーが弾いたところをスキラッチが押し込んだ。イタリアはこのまま逃げ切り1-0で勝利、順当に準決勝へ進んだ。

イタリアは名GKワルテル・ゼンガを始め、CBフランコ・バレージジュゼッペ・ベルゴミ、SBパオロ・マルディーニらの守備陣で鉄壁の砦を構築。ここまでの5試合を無失点で勝ち上がっていた。準決勝は前回王者アルゼンチンとの対戦だったが、今ひとつ調子の上がらない相手に。イタリア国民の勝利への期待は高まっていた。

 

マラドーナ とイタリアの戦い

アルゼンチンとイタリアの試合は、マラドーナのホームグラウンドであるナポリで行なわれた。マラドーナナポリの英雄だったが、この時ばかりは市民の声援もアズーリに送られた。イタリアは2試合先発起用したバッジオに代え、ビアリを復帰させた。

開始17分、ジャンニーニが頭で流したボールをビアリがシュート。ゴイゴチェアが弾き返すが、詰めていたスキラッチがこぼれ球をゴールに流し込んだ。先制点を得て、カテナチオの鍵を掛けるイタリア。しかしイタリアをよく知るマラドーナは、慌てることなく好機が訪れるのを待った。

後半の67分、マラドーナが左サイドの選手にボールを預けると、次のプレーを予測してゴールに向かった。すると左サイドからゴール前へクロス。GKゼンガは向かってくるマラドーナに気を取られてしまったのか、ボール処理を誤り、カニーヒアのヘディングを許してしまう。そのシュートはゴールネットを揺らし、ゼンガのWカップ無失点記録は517分で途絶えてしまった。

同点となり、アルゼンチンはPK戦狙いで守りを固めた。その思惑通り、試合は延長120分を戦って1-1。勝負はPK戦に突入する。イタリア選手の癖を知るマラドーナは、仕草でゴイゴチェアに合図。今大会好調の守護神が5人目のシュートを止め、アルゼンチンが地元イタリアを退けた。こうしてアルゼンチンは、2大会連続で西ドイツと優勝を争うことになった。

このあとイタリアとイングランドの3位決定戦が行なわれ、イタリアがスキラッチバッジオのゴールで2-1と勝利。大会MVPと得点王は、6ゴールを挙げて旋風を起こしたスキラッチに輝く。

 

凡戦となった決勝

第14回ワールドカップ・イタリア大会の決勝は7月8日、ローマのオリンピックスタジアムに73,603人の観客を集めて行なわれた。すでに東西ドイツの統一が決まっていたため、西ドイツの名前で行なうW杯最後の試合だった。

ベッケンバウアー監督は前大回の雪辱を果たすべく、高度な戦術を機械的にこなす精密システムを構築。そこに優雅さや創造性は無かったが、個人技や閃きに頼らない合理的な戦術は、確固たる強さを見せた。

一方のアルゼンチンは、累積警告などでカニーヒアを始めとする4人の主力を欠いて決勝に臨む。また地元チームを敗退に追いやったマラドーナは、思い上がった発言でイタリア国民の反発を買っていた。そのため、試合が始まる前からマラドーナには観客から野次が浴びせられる。

多くの主力を欠いて守備を固めざるを得なくなったアルゼンチン。勝機は一発のカウンターか、守り抜いてPK戦に持ち込むしかなかった。試合は予想通り西ドイツの一方的展開、アルゼンチンは身体を張ってゴールを守った。マラドーナブッフバルトの執拗なマークに遭い、身動きが取れない。

だがどうにか凌いだ前半終了直前、アルゼンチンがゴール右でFKのチャンスを獲得。しかしマラドーナの蹴ったFKはバーの上を越え、相手キーパーを脅かすこともなかった。結局これが、アルゼンチン唯一のシュートとなる。

後半の65分、ドリブルで駆け上がるクリンスマンを、後半から入ったモンソンがスライディングで倒し一発退場。アルゼンチンはいよいよ窮地に追い込まれた。終盤の85分、フェラーがPリアで倒され西ドイツがPKを獲得。本来のキッカーであるマテウスがビビッてしまったため、代わってブレーメがシュート。ボールはゴイゴチェアの手先をかすめ、西ドイツに待望の1点が入った。

その2分後、西ドイツDFユルゲン・コーラーの喉を掴んだデソッティが退場処分。9人となったアルゼンチンは、事実上の終焉を迎えた。このまま試合は1-0で終了。西ドイツが4大会ぶり3度目の優勝を果たし、屈辱にまみれたマラドーナはピッチで涙に暮れる。

しかし盛り上がりに欠けたこの試合は、史上最も退屈な決勝戦と言われてしまう。大会全体でも過去最低の得点率でダイナミックさに欠け、引き分けやPK戦も多く、見応えの少ないWカップとなってしまった。

 

rincyu.hateblo.jp

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