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サッカーの歴史や人物について

《サッカー人物伝》ギュンター・ネッツァー(西ドイツ)

 

「反逆のゲームメーカー」

 ブロンドの長髪をなびかせ、軽快なタッチでボールをコントロール。ドリブルで敵陣深く切り込み、「センチメーターパス」と呼ばれた長短の正確なキックで戦況を一変。欧州屈指と言われるフリーキックで相手を恐怖に陥れた稀代のゲームメーカーが、ギュンター・ネッツァー( Günter Theodor Netzer )だ。

 

名将へネス・バイスバイラー指導のもとで才能を開花させ、ボルシア・メンヘングラードバッハの司令塔として活躍。地方の無名クラブをリーグ屈指の強豪に押し上げた。ネッツァーを始め、フォクツ、ボンホフ、ハインケス、ヴィンマー、シモンセンら若い力が躍動するチームは「駿馬のイレブン」と呼ばれた。

 

西ドイツ代表として72年の欧州選手権に出場。リベロベッケンバウアーと共にゲームの組み立てを司り、大会初優勝の立役者となる。だが自国開催となった74年のW杯では、オベラートとのポジション争いに敗れて出場は1試合のみ。優勝を決めたオランダとの決勝をピッチの外で見届けた。

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